外科・手術の基礎

出血すると、外科医は"視野"しか見えなくなる|獣医外科の大出血と止血判断

早く止めなければ。その思考だけになった瞬間、外科医は視野しか見えなくなります。大出血で本当に考えるべきことを、失敗例から振り返ります。

著者 Dr.Torisu公開 2026.07.28更新 2026.07.29
出血すると、外科医は"視野"しか見えなくなる|獣医外科の大出血と止血判断

外科で最も怖い瞬間の一つが、「大出血」です。

術野が真っ赤になり、出血点が見えなくなる。その瞬間、多くの若手外科医の頭の中は「早く止めなければ」という思考だけになります。

実は、若い頃の私もそうでした。肝臓腫瘍摘出中に大出血を起こし、サクションで血を吸い、出血点を探し、1針かけ、また見えなくなり、また吸う——これをひたすら繰り返していたんです。

しかし結果として、私は"全身の血液"を吸い続け、循環を崩し、動物を失いました。

当時の私は、「血管を縫わなければ止血できない」としか考えられていませんでした。本当に最優先すべきだったのは、「循環を守ること」だったのに、です。

この記事では、大出血で外科医が陥りやすい思考の落とし穴と、私が失敗から学んだ優先順位の考え方についてお話しします。

大出血すると、人は"視野"しか見えなくなる

術野が真っ赤になる恐怖

術野が一気に赤く染まる。出血点がどこか分からなくなる。心拍モニターが速くなる。

このとき、外科医の思考は急速に狭まります。「とにかく出血点を見つけて押さえなければ」という一点に集中してしまう。

出血点消失、パニック、焦り——この状態に陥ることを"知っておく"ことが、最初の防衛策になります。

「早く縫わなければ」が危険になる

私は、サクションで吸い続け、見えた瞬間に1針、また見えなくなって吸う、というループに入りました。

このループの何が危ないかというと、術野の出血を吸えば吸うほど、循環血液量は減っていくということです。サクション依存が続けば、視野は一時的に確保できても、循環は確保できません。麻酔状態も悪化していきます。

視野を優先することと、患者の全身状態を悪化させることは、しばしばトレードオフの関係になります。

若い頃の私は、"全身の血液"を吸っていた

あのとき、ようやく縫合できた頃には、もう動物は助けられない状態でした。血圧低下、循環崩壊、心停止——縫合の技術が足りなかったわけではなく、優先順位の判断を間違えていたんです。

「止血できた=救えた」ではないという当たり前のことに、当時の私は気づけませんでした。

止血で最も重要なのは、「循環を守ること」

止血の基本は圧迫である

今の私なら、出血点が見えなくなった瞬間に、まず圧迫します。

見えないなら、無理に縫おうとしない。ガーゼパックでも良い。まず押さえて、時間を作る。一旦閉腹してでも構いません。

圧迫している間に、輸液速度の確認、輸血の準備、手術手順の見直しができます。手を止めることは敗北ではなく、循環を立て直すための作戦変更です。

「見えないなら吸う」は危険

若い頃にやっていた「見えないからとにかく吸う」は、今振り返ると最悪のループでした。

吸えば一瞬視野が出る。でもまた出血で隠れる。また吸う。そのたびに血液が体外に出ていく。出血量が増加し、循環が崩壊し、麻酔状態が悪化していく。

吸引は、出血源を圧迫したうえで視野を整えるために使う——この順番を意識するようになりました。

今なら私は、まず血流を止める

圧迫だけでは間に合わないと判断した場合、私は血流そのものをコントロールしにいきます。

  • 大動脈クランプ

  • 大静脈遮断

  • 血流コントロール

これらは「縫う技術」ではなく、「縫える環境を作る技術」です。出血点に向かう前に、その手前で流れを止める発想を持つかどうかで、結果は大きく変わります。

技術より先に、"優先順位"を学ばなければいけない

若手は「術野」を優先しやすい

若手外科医ほど、術野を最優先にしてしまいがちです。見えない恐怖、手技への固執、完璧主義——こうしたものが重なり、「とにかく縫わなければ」となってしまう。

私もそうでした。でも、外科医が視野だけを追い続けると、全身で何が起きているかが見えなくなります。

本当に重要なのは"全身状態"

止血と並行して、必ず確認したい項目があります。

  • 循環(血圧、心拍)

  • 酸素化

  • 麻酔深度

  • 血液量

術野だけを見ていると、これらの変化を見落とします。逆に、全身状態が安定していれば、立て直す時間は作れます。

「まず生かす」が外科の本質

外科で本当に大切なのは、「完璧に縫うこと」ではありません。「まず生かすこと」です。

私は、これが"考える外科"だと思っています。

失敗を反省し続けることで、外科は変わる

「仕方なかった」で終わらせるのは簡単

手術室は密室です。「想定外だった」「出血がひどかった」「不慮の事故だった」——いくらでも理由はつけられます。

でも、その言葉で終わらせてしまうと、次の症例で同じ失敗を繰り返します。

でも、本当にそれだけだったのか?

私はあの症例のあと、何度も自問しました。

  • 順番は正しかったか

  • もっと早く圧迫できなかったか

  • 循環を優先できなかったか

「仕方なかった」と「本当にそれだけだったのか」のあいだに、外科医が成長するスペースがあります。

私は、何度もイメトレをしてきた

私が今、若い先生に伝えたいのは、トラブルが起きてから考えるのでは遅い、ということです。

だから今は、「大出血した時こそ、まず落ち着け」と言えるようになりました。

外科は、手技だけではありません。「トラブルが起きた時に、何を優先するか」を考え続ける仕事だと、私は思っています。

この記事を書いた人

Dr.Torisu / 獣医臨床トレーニング

獣医臨床の考え方を、症例と文脈から学ぶためのトレーニングを提供しています。

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