外科・手術の基礎
「整復できません!」と電話してきた先生を、私は褒めた
胃捻転で開腹した夜、「整復できません」と電話してきた先生がいた。私はその判断を、心から褒めた。
胃捻転で、本当に危険なのは何か
胃捻転胃拡張症候群(GDV)は、消化器外科の中でも特に緊急性が高い疾患です。
胃が拡張・捻転することで、後大静脈と門脈が圧迫され、静脈還流が著しく低下します。その結果として循環血液量が減少し、ショック状態へと移行します。さらに、胃壁の虚血・壊死、脾臓への影響、再灌流障害と、全身への波及が急速に進みます。
だからこそ、最初にすべきことは「完璧な整復」ではなく、まず循環を守ることです。
「整復できません!」と電話してきた先生
以前、ある一次診療の先生から、夜に一本の電話がかかってきました。
「先生、胃捻転で開腹したんですが、整復できなくなってパニックです。助けてください」
その先生は、すでに次のことを実施していました。
開腹
胃切開
減圧
内容物除去
問題は、「どちらに戻せばいいのか分からない」という状況になっていたことです。
この話をすると、「それなら最初から紹介すれば良かったのに」という意見もあります。
しかし私の考えは違います。その先生は、「今、自分にできること」を必死に考えた。その行動があったからこそ、その犬は助かったのです。
減圧だけでも、循環への負荷は大きく変わります。完全な整復ができなくても、次につなぐための準備ができていた。それは、外科的判断として正しい選択でした。
一次診療と二次診療は、「勝ち負け」ではない
「自分で最後まで手術できなかった」という感覚を、多くの獣医師が「失敗」として受け取ります。
しかし、一次診療と二次診療の関係は、勝ち負けでも上下でもありません。それぞれの場でできることが違う。それだけです。
一次診療の現場でできること、二次診療が担うべきこと、それを状況に応じて使い分けることが、動物にとって最良の結果につながります。
"バトンを渡せる外科医"は強い
外科の世界では、「最後まで自分で完遂すること」が美徳とされる空気があります。
でも私は、バトンを渡せる外科医のほうが強いと思っています。
ダメージコントロールという考え方があります。重篤な患者に対し、根治的な手術を一度で完結させようとするのではなく、まず命を救うための最低限の処置をして、状態が落ち着いてから次のステップに進む判断です。
これは「諦め」ではありません。病態の優先順位を正しく読んだ上での、積極的な選択です。
電話をかけてきた先生は、まさにこれができていました。パニックになりながらも、「今できることをやって、助けを求める」という行動を取った。
外科では、「全部自分でやり切ること」だけが正解ではありません。時には、減圧だけする・循環だけ安定させる・次につなげる、という判断の方が、遥かに重要なことがあります。
私はその先生の判断を、心から褒めました。
