臨床思考
獣医師の臨床力は「考え方」で決まる|症例から深く学ぶための思考法
症例をこなしても伸びない獣医師と、1症例から深く学べる獣医師。その差は知識量ではなく、「考え方」にあります。
臨床力とは何か——診断・治療の先にあるもの
臨床力とは、診断や治療の知識・技術があることだけを指すのではありません。
症例を多方面から深く見て、その動物と飼い主にとって現実的に続けられる治療を提案できる力——それが鳥巣先生の考える「臨床力」です。
臨床医は常にベストな方法を考えます。しかし、飼い主の気持ち、金銭的負担、時間的な制約、自宅での看護が可能かどうかまで含めて考えなければなりません。
症例をこなしても伸びない理由
たくさんの症例を見ているのに伸びない獣医師には、共通した傾向があります。それは、症例を「こなしている」だけという状態です。
数をこなすと、ある程度のパターンは見えてきます。そのときに重要になるのが、「いつもと違う違和感」に気づけるかどうかです。
よくあるのは、「いつもと似たような症例だけど、こういうパターンもある」と多様性として受け入れてしまうことです。しかしそこで違和感を流してしまうと、診断の精度は上がりません。
病態メカニズムを理解していれば、典型的なパターンが頭に入っています。だからこそ、「いつもと違う」ことを違和感として捉えられる。そして「なぜ違うのか」を考え抜こうとする姿勢が、1症例から学べる量の差になります。
自分にとって初めての症例であっても、病態メカニズムを理解していれば、違和感には気づけるはずです。1症例を深く理解しようとする努力と、大きな視点で病態を捉える力——この両方が必要です。
「違和感」を見逃さなかった症例——CPSSと腹水
鳥巣先生が印象に残っている症例のひとつに、先天性門脈体循環シャント(CPSS)なのに腹水が貯留していたケースがあります。
CPSSでは基本的に腹水はたまりません。低タンパク血症で多少の腹水が出ることはあっても、大量に貯留することはほとんどないからです。
この症例では明らかに腹水が多かった。そこで「おかしい」という違和感が生まれました。
尿検査を実施したところ、タンパク漏出性腎症の併発が判明しました。CPSSにタンパク漏出性腎症が重なるのは非常に珍しく、腹水の原因は「CPSSだから」ではなく、別の病態が重なった構造だったのです。
この病態を初診時に捉えられたことで、食事管理による腹水コントロールには成功しました。
この症例から強く感じたのは、臨床で重要なのは「診断」だけではないということです。違和感に気づき、病態を見抜く。そして、その治療をどう伝え、どう管理していくかまで含めてが「判断」だということです。
考え方は「一部だけ」切り取ると伝わらない
セミナーや発信を続けていて常に感じるのが、「文脈ごと伝えることの難しさ」です。
アミノ酸補充や塩分制限の重要性はかなり強く発信してきましたが、なかなか浸透しません。一方で、必要のないステロイド投与が続けられている症例は今でも多く見ます。「本当に大事なところ」は伝わらず、「目に見えて分かりやすい治療」だけが残ってしまうことがあります。
手術についても同じことが言えます。鳥巣先生はあまり綿密な手術プランを事前に立てるタイプではなく、流れと基本的な解剖を重視しています。これが一部だけ切り取られると、「術前計画を立てない人」という誤解につながることがあります。
勉強法についても、外科・内科の教科書を大量に読むよりも、生理学・解剖学・薬理学・生化学といった基礎を重視しています。臨床の現象は、症例を観察し、分解し、基礎に当てはめて考えれば本質が見えてくる。その積み重ねをしていれば、最先端の論文を大量に読まなくても、自然と同じ結論にたどり着くというのが鳥巣先生の考え方です。
答えを求める人と、考え方を学ぶ人
答えだけを欲しい人は、治療法や薬の用量といった「結果」だけを知りたがります。
一方で、考え方を学びたい人は、常に「なぜ?」という疑問を持っています。示された一言に対しても、その背景や理由を自分なりに深く考えようとします。この違いが、最終的な臨床力の差になります。
1症例のデータと臨床症状を、骨の髄までしゃぶりつくすように解釈すること。目の前の症例を徹底的に分解し、「なぜこうなっているのか」を考え続ける。その積み重ねが、病態を理解する力につながります。
Dr.Torisuの獣医臨床大学では、教科書的な内容に少し踏み込んだところまでをオープンにしています。クローズドの環境では、考え方や思考回路を、より深く、誤解なく、文脈ごと理解してもらうことを大切にしています。自分の考え方に共感してくれる人に対して、しっかりと想いを伝えていきたいと思っています。
