若手獣医師の学び方
もっと症例を、もっとデータを愛せよ|伸びる若手獣医師の思考法
症例数を重ねても伸び悩む獣医師と、経験が浅くても急成長する獣医師。差は「病気そのものへの興味」にあります。
若手獣医師を見ていると、症例数は多いのに伸び悩む人と、経験が浅いのにどんどん成長していく人がいます。この差は「症例をいくつ見たか」ではなく、1症例からどれだけ深く学べたかにあります。この記事では、本当に伸びる若手獣医師に共通する考え方と、明日から実践できる臨床思考の鍛え方をお伝えします。
なぜ「症例数」だけでは臨床力が伸びないのか
たくさん症例を見ているのに伸び悩む若手は、症例を「処理」している状態に陥っています。数をこなすとパターン認識はできるようになります。ただ、それだけでは経験が積み上がっていきません。
本当に重要なのは、「いつもと違う違和感」に気づけるかどうかです。よくあるのが、「こういうパターンもあるんだな」と多様性として受け入れてしまい、そこで思考を止めてしまうケースです。
例えば手術中、いつも通りに剥離しているのに、組織の張り方や色味がほんの少しだけ違う。あるいは触ったときの硬さに違和感がある。こうした言葉になりにくい所見に気づけるかどうかが、後々の判断を大きく変えます。
しかし病気には必ず病態メカニズムがあります。その病態メカニズムを理解していれば、典型的なパターンが頭の中にできてきます。だからこそ、典型から外れたときに「何か違う」と感じ取れるようになるのです。
「もっと症例を、もっとデータを愛せよ」
私は若手の先生に、「もっと症例を、もっとデータを愛せよ」とよく伝えています。
動物に愛情を持つことはもちろん大切です。しかし、本当に臨床力が伸びる人は、その病気そのものに興味を持っています。
なぜこの数値になったのか
なぜこの症状が出ているのか
なぜこの薬で改善したのか
そこを徹底的に考え続ける。病気を愛するぐらい深く見てあげれば、症例はもっと多くのことを教えてくれます。
逆に、目の前の動物への気持ちだけで動いていると、データは「合格・不合格」を判定するだけのチェック項目になってしまいます。それでは、症例から学べる情報の大半を取りこぼしてしまいます。
伸びる若手は、まず「型」を徹底的に学んでいる
「この人は伸びるな」と感じる若手には、共通して素直さがあります。多くの若手が勘違いしていますが、最初に必要なのはオリジナリティーではありません。まずは「型」です。
本物を超えたいなら、まず本物をコピーする
技術を身につけたいなら、自分が本当にすごいと思う人を徹底的に真似することが出発点になります。具体的には、次のような細部まで完全にコピーするつもりで観察します。
指の動かし方
肘の使い方
器具の持ち方
組織の触り方
術野の作り方
ここまでできて、ようやく「一流の入り口」に立てます。型を学ばないまま「自分なり」にやろうとすると、結局はなんとなく似ている模造品で終わってしまいます。本物を超えたいなら、まず本物と同じレベルまでコピーできなければなりません。
「いいとこ取り」ではなく「哲学」を学ぶ
複数の師匠の「いいとこ取り」をしようとする人もいますが、実際にはそういう人ほど師匠の本質に近づけていません。なぜなら、そこには哲学がないからです。
本当に重要なのは技術だけではなく、「師匠ならこの場面でどう考えるか」というレベルまで含めて理解しようとする姿勢です。だからこそ、最初の素直さが決定的に重要になります。
質問の質で、若手獣医師の伸びしろは分かる
同じ内容を教えていても、「この子は伸びるな」と思う質問と、「それは自分で調べればいいよね」と感じる質問があります。違いは、その質問の前にどれだけ自分で考えているかです。
考える前に聞く質問の例
例えば「猫にはリンパ管拡張症がほとんど出ない」という話をしたあとに、
なぜ猫にはリンパ管拡張症がないんですか?
と聞かれても、正直それは答えようがありません。「存在しない理由」を完全に説明することはできないからです。これは、考える前に聞いてしまっている典型的なパターンです。
良い質問の例
一方で、「猫は総胆管拡張や胆嚢奇形が多い」「膵胆管高位合流異常が関係している可能性がある」という話をしたうえで、
奇形そのものが多いのか、それとも膵液逆流で後天的に拡張して見えているのか、どちらだと考えられますか?
と聞いてくる場合は、非常に良い質問です。これまで学んだことを自分なりに組み合わせて考えたうえで、まだ理解しきれない部分を聞いている。「答え」ではなく「本質」を理解しようとしている質問です。
基礎学問から病態を組み立てて考える
私は、外科や内科の教科書や論文を大量に読むタイプではありません。もちろん確認のために読みますが、順番が一般的な勉強法とは逆です。
まず病態を、病態生理学や生化学、薬理学、解剖、組織などの基礎学問をもとに自分で考える。そのうえで「自分の考えが臨床的に正しいか」を確認するために教科書や論文を読む。これが私のスタイルです。
「肝酵素が高いから麻酔できない」は本当か
よくあるのが、「肝酵素が高いから麻酔がかけられない」という考え方です。これは「肝酵素上昇=肝機能低下」と短絡的に結びつけてしまっている状態です。
ALTやASTは基本的に逸脱酵素です。つまり、肝臓が傷ついていることを示している検査であって、機能そのものを直接示している検査ではありません。重要なのは次の2点です。
その傷で肝機能が落ちているのか
それとも機能は維持されているのか
「擦りむいた獣医師」のたとえ
分かりやすくするために、自分の例でお話しします。私の「機能」は、問診を取り、診断を組み立て、手術をすることです。
仮に今朝、転んで膝を擦りむいたとします。血は出たし痛みもある。つまり「怪我」はしています。しかし普通に歩けるし、診療もできる。機能は保たれている状態です。
これは、肝酵素は上がっているけれど肝機能は保たれている状態によく似ています。逆に、その傷が感染して高熱が出てしまえば、私は仕事ができなくなる。これが機能低下が起きている状態です。
だからこそ、ALT・ASTだけを見て判断するのではなく、機能を反映する指標を一緒に評価する必要があります。
ALB(アルブミン)
BUN(尿素窒素)
TCHO(総コレステロール)
GLU(血糖)
T-bil(総ビリルビン)
これらを合わせて見ることで、「本当に肝機能が落ちているのか」が見えてきます。基礎学問から病態を組み立てられれば、丸暗記する項目は自然と減っていきます。
病態を理解すると、臨床はもっと面白くなる
若手の先生には、症例を見るたびに「その症状は、なぜ起こっているのか」を考えてほしいと思っています。一例として、門脈体循環シャント(CPSS)の症例で考えてみます。
CPSSと多飲多尿のつながり
CPSSの症例では、多飲多尿が見られることがあります。しかし一般的な多飲多尿の鑑別診断リストに、CPSSはあまり前面には出てきません。ここで重要なのが、病態として考える姿勢です。
CPSSでは肝臓でのコルチゾール代謝が低下することがあります。そこにストレスが加わると、コルチゾール代謝異常によって高コルチゾール状態になり、結果として尿量が増え、多飲につながる可能性があります。
つまり、「なぜその症状が出ているのか」を病態として理解できると、別々に見えていた所見が一本の流れでつながってきます。問診で何気なく聞いた「最近水をよく飲む」という一言が、病態の重要なピースになる瞬間です。
飼い主さんからの信頼につながる
例えば、CPSSの術後に「急に水を飲まなくなったんですが大丈夫ですか?」という質問を受けたとします。病態を理解していれば、コルチゾール代謝が改善した結果として尿量が正常化している可能性を、その場で自然に説明できます。
こうした小さな臨床のつながりを一つひとつ説明できることが、本当の臨床力であり、飼い主さんからの信頼につながっていきます。
伸びる人は「答え」ではなく「考え方」を学んでいる
若手教育で最も重要なのは、「答え」を教えることではありません。重要なのは、次のような考え方のプロセスを共有することです。
なぜそう考えたのか
なぜその検査を選んだのか
なぜその治療を選ばなかったのか
なぜそのタイミングで再評価したのか
臨床は暗記ではありません。基礎学問から病態を組み立て、違和感に気づき、流れで考えること。この積み重ねこそが、本当の臨床力につながっていきます。
臨床判断は、正解を一度で当てる作業ではなく、限られた情報の中でリスクを減らし続けるプロセスである。
もっと症例を、もっとデータを愛してあげる。その姿勢を続けた先に、症例数だけでは届かない臨床力が育っていきます。
